清澄庭園(東京散歩)

今回の東京散歩は、事務所のある八丁堀からも近い、江東区の庭園で、東京都指定名勝に指定されている「清澄庭園」に行ってきました。

(清澄庭園の入り口です)

(庭園の由来について~「東京都の『公園へ行こう』より」~)
 この地は江戸の豪商・紀伊國屋文左衛門の屋敷跡と言い伝えられています。その後、明治に入り、岩崎弥太郎が、荒廃していたこの邸地を買い取り、社員の慰安や貴賓を招待する場所として庭園造成を計画、明治13年に「深川親睦園」として一応の竣工をみました。弥太郎の亡きあとも造園工事は進められ、隅田川の水を引いた大泉水を造り、周囲には全国から取り寄せた名石を配して、明治の庭園を代表する「回遊式林泉庭園」が完成しました。大正になって、岩崎家が公園用地として東京市に寄付し、市ではこれを整備して昭和7年7月に公開しました。

(アクセス)

清澄庭園は、東京都江東区清澄にあり最寄駅としては、東京メトロ半蔵門線と都営大江戸線の清澄白河駅になります。駅を出て程近いところにあります。

グーグルマップより参照

(散策)

庭園は回遊式林泉庭園ということあり、昔は隅田川から水を引いていたといわれる大きな池を中心にしてその回りを廻るように見所が配置されています。

この庭園にもあの3月11日の大地震の傷跡があり、石の灯篭が崩れていたり、富士山を模した築山があるのですが地震の影響で崩れている場所があり登れない状況でした。

園内のあちらこちらに日本全国から取り寄せたという石が配置されています。紀州青石、生駒石、伊豆式根島石などと説明がつけられています。

園内の一画には松尾芭蕉の「古池や 蛙飛び込む 水の音」の句が刻まれた石碑があります。

池には鯉や亀などが多数泳いでいて、人が近づくとエサが貰えると思っていっぱい寄ってきます。

(大正記念館)

元は大正天皇の葬儀に用いられた葬場殿を移設したものでしたが、平成元年に全面的に改築されて現在に至っているようです。

(つくばい)

風情がありますよね。

池を中心とした眺めは都会の中と思えないほどすばらしいものです。ぜひ、訪れてみてください。

 

カテゴリー 田中, 雑記

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