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養老保険に関する裁判事例及び施行令の改正(H21.7.29福岡高裁)

本事案は,養老保険の満期保険金を一時所得として申告する際、収入を得るために支出した金額として控除する保険料の範囲について争われたもので、本 人が給与として負担した保険料以外の法人が負担した保険料も控除できるとした判決で福岡地 裁・福岡高裁とも原告が勝訴し,国側が敗訴し最高裁で審議されているものです。

養老保険

養老保険は、死亡した場合には死亡保険金が、満期までに生存した場合には満期保険金が支払われる仕組みの保険です。この死亡保険金と満期保険金は同額です。

この養老保険に関する法人税の通達では 

  1. 死亡保険金及び生存保険金の受取人が当該法人である場合 その支払つた保険料の額は、保険事故の発生又は保険契約の解除若しくは失効により当 該保険契約が終了する時までは資産に計上するものとする
  2. 死亡保険金及び生存保険金の受取人が被保険者又はその遺族である場合 その支払つた保険料の額は、当該役員又は使用人に対する給与とする
  3. 法人が自己を契約者とし、死亡保険金の受取人が被保険者の遺族で、生存保険 金の受取人が法人である場合は、支 払った保険料の2分1は資産に計上し、残額は期間の経過に応じ損金の額に算入する

となっていいます。

この事案の養老保険は死亡保険金の受取人を法人とし、生存保険金の受取人を被保険者である役員又は従業員とした、上記3.の逆パターンの契約内容に なっていま す。この場合の具体的な処理を規定した通達等は存在しないため、その他の通達等から類推した処理が行われています。


死亡保険金を法人が満期保険金は被保険者が受け取ることから、この逆パターンの養老保険は支払保険料の2分の1を損金算入し、残りを給与とする処理 が行われていました。

この保険の魅力は、全額が損金算入さ れることや法人が保険料の半額を負担しても生存保険金を役員又は従業員が全額受け取れる仕組みにあります。

裁判においてはこの支払保険料の2分の1を損金算入し、残りを給与とする処理処理方法の是非については争点とはなっていませんでした。

この高裁こおける個々の主張の要旨を記載しておきます。


被告(国側の主張)
  1. 所得税法における所得の本来的意義からすると、所得税法34条2項において、生命保険契約等に基づく一時金に係る一時所得の金額の計算上、 「その収入を得るために支出した金額」として控除できる保険料等は、所得者本人が負担した金額に限られる。
    1. 所得税は、個人が得た所得に対して課税される租税であるところ、所得税法上の「所得」とは、「人の担税力を増加させる経済的利得」であ り、個人が稼得した収入金額から、その収入を得るために支出した金額を控除したもの、いわゆる「純所得」である。そして、ある個人に帰属する所得金額を計 算するに当たっては、収入金額から必要経費等を控除することとなるが、所得税法における所得の本来的意義からすると、そこで控除すべき必要経費等はあくま で当該個人において当該収入を得るために支出した金額をいうものと当然に解すべきである。なぜなら、当該個人が支出した金額はその分当該個人の担税力を減 少させるものであるから、これを収入金額から控除するのが相当であるのに対し、当該個人以外の者が支出したものは、当該個人の担税力を減少させるものでは ないため、これを収入金額から控除すると、担税力を増加させる経済的利得である所得を正しく把握することにならないからである。したがって、一時所得の金 額の計算においても、ある個人が得た一時所得となるべき収入につき、当該個人の「一時所得」として課税される額は、当該個人が稼得した収入金額から、その 収入を得るために、当該個人自身が支出した金額を控除して算出した金額であるというべきであるから、所得税法34条2項の「その収入を得るために支出した 金額」は、収入を得た個人(所得者)本人が負担した金額に限られると解すべきである。
    2. 所得税法施行令183条2項は、生命保険契約等に基づく一時金が一時所得となる場合の一時所得の金額の計算についての細則であるところ、 租税法律主義の下では、施行令は、課税要件等について、法律(所得税法34条)の予定する範囲を超えて定めることはできないのであるから、施行令の規定に つき法律の予定する範囲を超えた解釈をすることはできない。したがって、同施行令同条同項2号の「保険料又は掛金の総額」についても、当然に、所得税法 34条2項が「一時所得に係る総収入金額から」控除されるべきものとして予定している「その収入を得るために支出した金額」の範囲内に限られるから、所得 者である当該保険金の受取人本人が負担した金額に限られると解すべきである。原判決は、施行令の183条2項2号の「総額を控除できる」の文言から、「所 得者本人負担分に限らず保険料等全額を控除できるとみるのが素直である」と判示するが、形式的な文言にのみとらわれた解釈であり、所得税法34条2項が予 定する上記解釈を誤り、かつ同法68条による委任の範囲を超えたものであって、明らかに誤りである。
  2. 所得税基本通達34−4は、所得税法34条2項に規定する「収入を得るために支出した金額」について、課税庁の解釈・取扱いを示した ものであるから、同通達の定める保険料等は、当然に、所得税法が予定している「収入を得るために支出した金額」の範囲を前提としているところ、同通達の 「保険料又は掛金の総額には、その一時金又は満期返戻金等の支払を受ける者以外の者が負担した保険料又は掛金の額も含まれる。」という規定も、あくまで、 所得税法34条2項や同法施行令183条2項2号において、一時所得の金額の計算上控除可能な保険料等の金額とは、収入を得た個人自らが支出した(又は実 質的に負担した)金額に限られるとの解釈を前提としたものであるから、同通達について、文言どおり、保険料等の「総額」が一時所得からの控除対象となると 解することは誤りである。むしろ、同通達は、支払を受ける者以外の者が支払った保険料等ではあるが当該保険料等につき一時金等の支払を受けた者に対し給与 課税される等して、支払を受けた者が当該保険料を実質的に負担したものとして、一時所得の金額の計算上控除できるような場合を念頭に置いたものと理解すべ きである。
  3. 本件満期保険金等に係る一時所得の計算上、法人損金処理保険料を控除できるとすることは、結論においても不合理である。法人損金処理 保険料については、D等が支出した時点で、同法人において、「保険料」として損金処理されているのであるから、原判決が判示するように、これを更 に被控訴人らの本件満期保険金等に係る一時所得の金額の計算上、控除するというのであれば、同一の保険料について税法上いわば二重の控除を認めることにな り不合理である。
原告の主張

控訴人の前記主張は争う。
控訴人は、原審までの主張の構成を転換し、「純所得」や「担税力」という用語まで持ち出して「所得」の意義に言及したうえ、所得税法34条2項の解釈論を 展開しているが、そうした背景には、所得税法施行令183条2項2号や所得税基本通達34−4の規定の文言があまりに明快で、その条項自体からおよそ他の 解釈ができないからであり、そのため、原判決が同文言に沿って自然で穏当な解釈をしたことについても「形式的な文言のみにとらわれた」と批判するしかない のである。本件は、所得税法34条2項に基づき、他の一時的な所得と比べて所得発生の態様を著しく異にしている生命保険金等について規定する同法施行令 183条2項2号につき、その有効性を前提に、法令解釈通達である所得税基本通達34−4を踏まえた解釈が問題になっているところ、これは、租税法律主義 (憲法84条)の内容中「課税要件明確主義」との関係が重要である。すなわち、租税法は侵害規範であるから、法的安定性と予測可能性の要請が強く働き、そ れゆえ課税要件は一義的で明確でなければならない(課税要件明確主義)ところ、そのコロラリーとして、「疑わしきは納税者の利益に」との観点から、租税法 を解釈するに当たり、みだりに拡張・限定解釈や類推解釈を行うことは許されず、当該法令の文言が重視されるべきである。控訴人の上記主張は、所得税法施行 令183条2項2号や所得税基本通達34−4に定める明快な文言を離れて、「純所得」や「担税力」といった所得の本来的意義にまで遡って検討を加えたうえ で、所得税法34条2項が規定する「その収入を得るために支出した金額」を限定的に解釈したものであるが、これは福岡国税局や原判決すら導き出せなかった 解釈を納税者に求めるものであって、もはや課税要件明確主義の要請を放棄したに等しく、それが誤りであることは明らかである。ある。

高裁の判断内容
  1. 当裁判所も、被控訴人らの請求(当審で減縮した部分を除く。)はいずれも理由があるものと判断する。その理由は、原判決22頁12行目の「保 険金等も」を「保険料等も」と改め、後記2のとおり付加するほかは、原判決の「事実及び理由」の「第3当裁判所の判断」に記載のとおりであるから、これを 引用する。

    1. 控訴人は、所得税法における所得の本来的意義からすれば、所得税法34条2項において、生命保険契約等に基づく一時金に係る一時所 得の金額の計算上、「その収入を得るために支出した金額」として控除できる保険料等は、所得者本人が負担した金額に限られると主張する。なるほど、所得税 が個人の得た所得に対して課税される租税であることに鑑みれば、その所得の意義をいわゆる純所得、すなわち、個人が稼得した収入金額から当該個人が当該収 入を得るために支出した必要経費等を控除した金額とすることは純理論的にはむしろ正しいといえよう。そして、所得税が関係する所得のうち、不動産所得、事 業所得及び雑所得(公的年金等に係るものを除く。)のように、その年中の総収入金額とその収入を得るために要した必要経費との関連が直接的でその金額も明 確に算出しうる場合などは、その論理を貫徹すればいいといえるが、そうでない所得、たとえば、給与所得の場合には、必要経費が一義的に算出しうるものでな いことから、必要経費による控除を諦め、給与所得控除の制度をこれに代替させていて、ある種の擬制に基づいて算定する制度設計がなされている(当然なが ら、源泉徴収制度とも無縁ではないであろう。)。しかるところ、一時所得においても、建前としては、個人が稼得した収入金額から当該収入を得るために支出 した必要経費等を控除した金額をもって、一時所得の金額としようとしたことは明らかではあるが、一時所得といっても、その所得発生の態様はさまざまである ので、上記のとおり、必要経費に相当する費用にあたるものとして「その収入を得るために支出した金額」としたうえ、さらに、括弧書きで「その収入を生じた 行為をするため、又はその収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額に限る。」との限定を加えたものと思われる。しかしながら、先に述べたとおり、一時 所得については、その発生の態様がさまざまであることからして必要経費が一義的に算出しうるか疑問があるうえ、特に、生命保険契約等に基づき支払を受ける 生命保険金、あるいは本件のような養老保険契約に基づき支払を受ける満期保険金の場合には、収入と必要経費との関係が直接的でないことからして、「その収 入を得るために支出した金額(その収入を生じた行為をするため、又はその収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額に限る。)の合計額」と定義したとこ ろで、その文言(なお、所得者本人が負担した金額に限るとは規定していない。)だけでは、仮に、生命保険契約等に基づく生命保険金等の一時金又は損害保険 契約等に基づく損害保険金等の満期返戻金等が、一時所得とされる場合に、その一時所得の金額の計算上控除される保険料等は、その一時金を取得した者自身が 負担したものに限られるのか、それとも、その生命保険金等又は損害保険金等の受給者以外の者が負担していたものも含まれるのかについては、法文上必ずしも 明らかではないというしかないのであるしたがって、所得税法における所得の本来的意義から、所得税法34条2項にいう「その収入を得るために支出した金 額」として控除できるのは、当然所得者本人が負担した金額に限られるとする、控訴人の主張は採用することができない。
    2. 上記のとおり、所得税法34条2項の文言だけからでは、先に述べた問題が解決できないところ、所得税法施行令183条2項2号本文 は、生命保険契約に基づく一時金が一時所得となる場合、保険料又は掛金の「総額」を控除できるものと定めており、同文言を素直に読むと、原判決が判示する とおり、所得者本人負担分に限らず保険料等全額を控除できるとする解釈に軍配を上げざるをえない。さらには、確定申告現場における無用の混乱を避けるべ く、同文言の意味をより明確にするため、所得税基本通達34−4において、所得税法施行令183条2項2号(生命保険契約等に基づく一時金に係る一時所得 金額の計算上控除する保険料等)に規定する保険料又は掛金の総額には、その一時金又は満期返戻金等の支払を受ける者以外の者が負担した保険料又は掛金の額 も含まれるとの通達がなされるに至った(乙28)。このような経緯により発出された所得税基本通達34−4の文言上からは、養老保険契約に基づく満期保険 金が一時所得となる場合、所得者以外の者が負担した保険料も控除できることは明白であって、所得税法、同法施行令の各規定及び上記通達を整合的に理解しよ うとすれば、他の解釈を容れる余地はないといわざるをえない。控訴人は、所得税法34条2項の「その収入を得るために支出した金額」として控除できる保険 料等は、所得者本人が負担した金額に限られるとの解釈を前提にして、上記通達を文言どおり解釈するのは誤りであると主張するが、上記のとおり、所得税法 34条2項の文言からは必ずしも明らかではないことが出発点となって、これを明らかにするため、所得者以外の者が負担した金額も含むとの所得税基本通達 34−4を自ら出した経緯と矛盾しており、控訴人の主張は採用することができない。控訴人が主張する所得税法施行令183条2項2号の解釈についても同様 である。この点、控訴人は、所得税基本通達34−4における所得者の一時所得の金額の計算上控除できる「支払を受ける者以外の者が負担した保険料又は掛 金」は、当該保険料等につき一時金等の支払を受けた者に対し給与課税される等して、当該保険料の支払を受けた者が実質的に負担したものを指すと主張する。 しかし、控訴人の上記解釈は、必ずしも明らかではない所得税法34条2項等の文言を一義的に明らかにするために出した通達について、更に文言として表示さ れていない要件を解釈と称して付加するものであり、法律又はその委任のもとに政令や省令において課税要件及び租税の賦課・徴収の手続に関する定めをなす場 合に、その定めはなるべく一義的で明確でなければならないという課税要件明確主義(租税法律主義。乙43)に反する不当な解釈といわなければならない。し たがって、控訴人の上記主張は採用できない。
    3. また、控訴人は、本件満期保険金等に係る一時所得の計算上、法人損金処理保険料を控除できるとすることは、結論においても不合理である と主張する。しかし、行政による恣意的課税から国民を保護することを目的とした租税法律主義の趣旨からすれば、国民生活の法的安定性と予測可能性を保障す るため、課税要件はできるだけ一義的で明確でなければならないのであり、国民に対する課税は、同要件を規定する法令等の文言にできるだけ忠実に行われなけ ればならない。そして、その結果、仮に結論において控訴人が指摘するような不合理が生じたとしても、それは法令等の不備によるものであるから、その是正は 当該法令等を改正することによってなすべきであって、解釈の名の下に規定されていない要件を付加することにより、国民に予測できない課税をすることは許さ れない。したがって、控訴人の上記主張は採用できない。
  2. 以上によれば、被控訴人らの請求(ただし、減縮した部分を除く。)はいずれも理由があるから、これを認容した原判決は相当であって、本件 控訴は理由がないから、これを棄却すべきである。なお、被控訴人A、同B及び同Cの各平成14年度分については、前記のとおり請求の減縮がなされた 結果、原判決主文2項、5項及び8項は、本判決主文2項のとおり変更されているから、その旨を明らかにすることとして、主文のとおり判決する。

所得税法の改正

高裁の判断にあるように法令の不備なのだから法令の改正をもって行うべきであるとのことから、この一時所得の収入を得るために支出した金額として控 除できる範囲について、平成23年6月30日に施行された所得税法施行令の一部改正において改 正されました。

その内容は、「生命保険契約等に基づく年金又は一時金に係る雑所得又は一時所得の金額の計算上、その支払を受けた金額から控除する保険料又は掛金の 総 額は、その生命保険契約等に係る保険料又は掛金の総額から、事業を営む個人又は法人がその個人のその事業に係る使用人又はその法人の使用人(役員を含みま す。以下同じです。)のために支出したその生命保険契約等に係る保険料又は掛金でその個人のその事業に係る不動産所得の金額、事業所得の金額若しくは山林 所得の金額又はその法人の各事業年度の所得の金額の計算上必要経費又は損金に算入されるもののうち、これらの使用人の給与所得に係る収入金額に含まれない ものの額を控除して計算することが明らかにされました。」

今後は、給与として課税された分を一時所得の収入を得るために支出した金額として控除することになります。

なお、この改正の適用は、改正附則により「平成23年6月30日以後に支払を受けるべき生命保険契約等に基づく年金又は一時金に係る保険料又は掛金 について適用されます。」とあるため平成23年6月30日以前の部分に関しては最高裁の判断が待たれることになります。

また、この判決とは別に同じ福岡高裁において、平成22年12月21日に養老保険の保険料支払いに関し、一時所得の収入を得るために支出した金額として控 除できる範囲については、本人が支出した金額に限るとした判決もでています。



原告勝訴の福岡高裁判決文(H21 行コ 11号)は最高裁判所ホームページの裁判例情報に 掲載されていますのご覧ください。

原告敗訴の平成22年12月21日の福岡高裁判決文(H22 行コ 12号)についても最高裁判所ホームページの裁判例情報に掲載されていますのでご覧ください。

 

 

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